徘徊する魂   Traveling Alone ! 

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太地町

県道240号を太地町に向かって走ると左手に親子くじらのモニュメントが見えてくる。

モニュメントのある丘から見た入江のおだやかな風景。
海の色は紀伊大島から見たのと同じエメラルドグリーンだ。

ポートインくじら浜に到着

目当ての「捕鯨船第11京丸資料館」はきれいに取り壊されて建て替え工事の真っ最中。
資料館に展示されていたと思われるスクリューや碇。
野天で放置されているが元々野外展示だったのか。

森浩一著 日本の深層文化
第五章 鯨と日本人
井原西鶴と太地のセミクジラ」より

 クジラは海の大魚である。魚のなかの王者と言われたこともある。これは中国人をも含めて漢字文化圏で伝統的な考えであった。伝統的な考えであるとともに、日本人は漁民以外の人でもクジラについての知識が豊富であった。
井原西鶴江戸前期の作家である。西鶴の代表作が『日本永代蔵』であるが、そのなかの「天狗は家な風車」で紀州の泰地(太地)の捕鯨について述べている。捕鯨によって土地が土地が繁昌し、鯨恵比須の宮という社を建て、鳥井(居)に「其魚の胴骨立しに、高さ三丈ばかりも有りぬべし」と書き、ここでもクジラが魚であるという日本人の知識をのぞかせている。
西鶴はさらに捕鯨の様子を述べたあと、クジラに大綱をつけて轆轤(ろくろ)にまいて磯に引きあげると、「其丈三十三尋弐尺六寸、千味(せみ)といへる大鯨、前代の見はじめ、七郷の賑ひ、竈(かまど)の煙立つづき、油をしぼりて、千樽のかぎりもなく、其身、其皮、ひれまで、捨る所なく、長者に成は是なり」と説明している。一尋は約六尺、六メートルほどのセミクジラであった。
西鶴のいた大阪ではクジラは捕れなかったが、南紀州の太地での捕鯨のことを具体的に知っており、クジラの種類に背美(千味)のあることも知っていた。さらに油をとるとともに、身や皮も捨てるところがないほど利用していたことも熟知していたのである。【後略】

日本の深層文化 (ちくま新書)

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