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新田神社と岩陰遺跡群

徳島県東みよし町の国道192号北村交差点から県道44号方面に進む。

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町内を抜け加茂谷川沿いに2kmほど行くと左手に新田神社が見えてくる

神社東の斜面を少し上がると加茂谷川岩陰遺跡群の説明看板がある。

【案内看板より】
徳島県指定史跡
『鴨谷川岩陰遺跡群』昭和48年8月21日指定
四国山地から吉野川に注ぐ急流鴨谷川の渓谷に沿って点在する岩陰遺跡群。
1969年(昭和44年)に新田神社近くの岩陰で縄文土器片が発見されたことが発端となり、1970年〜1973年(昭和45年〜48年)に当初発見された5ヶ所の岩陰遺跡のうち、1・2・5号岩陰の調査が行われた。
1号岩陰は新田神社のすぐ裏山に位置し、粗い縄文を施した縄文時代中期の土器(船元式)や、後期の摩消縄文土器(中津式)や北白川上層式の土器が出土した。また、動物骨片やハマグリ・シジミなどの貝殻、さらに安山岩製の石匙が表面採取され、中世・近世以降の土器・陶磁器も出土している。
2号岩陰は1号の東30mに位置し、発掘区の西側で弥生土器のみを含む地層が確認され、東部に寄ったその下層から縄文時代前期や後期の土器が出土した。
また、中近世の土器・陶磁器も出土している。
5号岩陰は、宝伝岩陰とも呼ばれ、1・2号岩陰からさらに上流へ2kmほどさかのぼった、加茂谷川支流に位置しており、楕円文・山形文・複合鋸歯文などをほどこした縄文時代早期の押形文土器とともに、1000点以上の動物骨片や貝類などが出土した。
徳島の山間部における縄文時代の生活を考える上で、貴重な遺跡である。
徳島県教育委員会・東みよし町教育委員会

石灯籠の後方にあるコンクリート製の手すりに沿って上ってみる

地元の郷土史家により発見されたようだが、発掘された縄文土器や石器及びハマグリなどの貝類等は、すべて町の歴史民俗資料館に展示されているのでここには何も残っていない。
単なる『岩陰』の存在があるだけのようだ。

早々に引き返し、新田神社拝殿に向かう

清掃が行き届いた内部を隙間から撮影
正面左手の額に国旗と国歌『君が代』の歌詞が掲げられている

正面右手壁面に貼られた供物の配置図

祭礼の際の集合写真と表彰状が額縁に入れられて右手の天井からぶら下がっている。

一番右手の表彰状より

新田神社敬神老人婦人会殿

あなた方は資性温順にして敬神の念篤く多年にわたり日拝の実行と清掃奉仕に専念せられ浄財を集めて社殿の備品等の完備に努め身を以て敬神思想の鼓吹(こすい・元気づけ励ますこと)に努力された功績は誠に衆の模範であります 依って茲(ここ)に記念品を贈り表彰します。
昭和四十六年十二月五日
徳島県神社庁三好郡支部長 逸見清明

本殿

本殿裏手にある朽木の跡

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