徘徊する魂   Traveling Alone ! 

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天草へ(その14)

国道389号から大江天主堂への脇道に入る鋭角コーナーの一画を占める小さな牧草地でのどかに草を食む一頭の馬

抜けるような青空の下、なだらかな丘の上に建つ白亜の大江天主堂

【案内看板より】

大江天主堂

天草のキリシタンは、徳川幕府の禁教時代にも「かくれキリシタン」として、ひそかに信仰を続けましたが、明治に入り禁制の高札が撤去され、再び布教が行われました。
フランス人ガルニエ神父は、明治25年32歳でこの地を訪れ、昭和16年82歳でなくなるまでの49年間布教に努め、天草言葉を巧みに使いこなし、村人からは「パアテルさん」と呼ばれ慕われていました。
現在の天主堂は、神父が信徒と協力して、昭和8年に完成させたものです。明治40年北原白秋等の5名のいわゆる「五足の靴」の旅は、「パアテルさん」に会うのが主な目的とあり、天主堂を訪れガルニエ神父に会っています。

熊本県(観)

【ガルニエ神父像碑文より】

ルドビィコガルニエ神父略歴
1860年12月20日フランス国オートロアール県ルヒュイ市に生る。
1884年パリ大神学校卒業、司祭となる。
1885年12月20日、日本赴任のため神戸上陸。
1892年大江、崎津教会を兼任。
1929年大江教会専任司祭として1942年1月13日御逝去まで勤務さる。
その間1934年大江天主堂を建立、日本に上陸されてより57年、大江教会50年、81歳御逝去、この天主堂側に永眠さる。
(読みやすくするため漢数字のみアラビア数字に変更)


ルドビコ・ガルニエ神父像

運良く観光バスがいない時間に到着したためか先客はなく教会付近は本来の静寂が支配している

拝観なさる皆さんへ〉
ここは祈りの家です。
キリスト教では祈り(神との語らい)によって、心の平安と生きる勇気、人生に対する情熱が与えられます。
聖堂に入って祈ってみられませんか。

*お願い
静かな雰囲気を保って聖堂内では
(喫煙) (撮影) (飲食)
は、ご遠慮下さいますように。

大江教会主任司祭

プロパンガスボンベを再利用した献金箱?がかわいい

教会堂建築家として著名な鉄川与助氏の名が設計施工者として掲示されている

教会の周囲に点在する墓地。
墓石は和洋折衷というべきこの地方独特のデザインだ

吉井勇歌碑

ともにゆきし
友みなあらず
我一人
老いてまた踏む
天草の島

【碑文より】

吉井勇先生が明治四十年「五足の靴」の九州旅行から四十五年たった昭和二十七年(西暦一九五二)五月二十八日孝子夫人と共に来島され第一歌碑の前に立たれた時の即詠でこの二基の歌碑の短歌を併せ読むと改めて「五足の靴」の旅がしみじみと回想される

平成十三年六月十七日 塩谷勝 記

しばし平和な静寂を楽しんでいたらお年寄りの一団を乗せた小型マイクロバスがやってきた。
10:40に教会を後にする。

10:50崎津天主堂の尖塔が見える崎津漁港に到着

埠頭に立つ干し棚に吊るされた木枠には等間隔でイカが並べられている

こちらはウルメイワシか、この場所で直売されているのかトラックの中には人員が待機している

干物棚の向かいには時間待ちのバスが

ハルプ神父の墓のすぐ前にある観光客用無料駐車場にバイクを駐める

ハルプ神父の墓

現在の崎津教会を改築したフランス人神父・ハルプ氏は1928年(昭和3)12月、司祭として赴任。布教と、教会の建立に献身したが1945年(同20)1月、81歳で永眠した。

住居跡に立つマリア像

【崎津天主堂案内看板より】

崎津カトリック教会(天主堂)の由来記

崎津教会は、アルメイダ神父により一五六九年(永禄十二年)二月二十三日に建てられ、ここを中心にして、キリスト教は天草に栄えたのでした。
然しながら、一六三八年(寛永十五年)の禁教令が天草で実施されてから崎津では特に激しい迫害の嵐が吹きあれました。
公然と信仰を明らかにすることを禁じられたキリスト教徒は、隠れキリシタンになり、ひそかに真夜中に一緒に集まって神を礼拝し、お祈りを捧げていました。隠れキリシタン達は、生命や財産の危険もかえりみず信仰こそ何者にも勝る宝であり、幸福の源泉であると、確く信じていました。この宝を子孫に伝えるために、七人の村人を先生として選び、「水方みずかた」と名付けました。此の名は水方の仕事の一つである洗礼の儀式から取られたものです。即ち、洗礼の儀式では魂の浄めのシンボルとして、水を注ぐことが必要とされるからです。
キリスト教徒を狩り出すために、踏絵が毎年行われました。
明治五年(一八七二年)にキリシタン禁制の高礼が廃止されるや、神父は、二百四十年ぶりに再び崎津に帰ってきて、隠れキリシタンから熱烈な歓迎をうけました。かくして、二世紀半の間、文字通り隠れて守り抜いた先祖代々の信仰を公に行うことの出来る新しい時代が訪れたのです。此の教会は明治以来三度立て直され、現在のものは長崎の鉄川与助の施工によるゴシック風建築であります。正面の祭壇のある場所で迫害時代に厳しい踏絵が毎年行われていました。現在この教会は崎津の四百名のキリシタン信者の祈りの家として、毎日使用されています。
わざわざ訪れて下さった皆様もどうぞ御自由にお入り下さいませ。尚、神聖な場所ですので、お静かにお祈り下さいます様お願いします。
世界に平和が訪れるよう、神に祈りましょう。
自分自身の言葉でお祈り下さっても、教会の入口に置いてある、祈りのしおりを使ってお祈り下さっても結構です。平和の願いをこめて神に祈る時、もはやあなた方は単なるキリシタン夢の島への歴史の探求者ではありません。平和な世界の協力者、平和のための巡礼者となられるのです。

キリストは次のように約束なさいました。
「平和のために働く人は幸いである、
彼らは神の子らと呼ばれるのであろう」

チャペルの入口にある「このロープはさわらないでください」の注意書き

天井を貫いているところをみると鐘を鳴らすためのものだろうか

教会裏手から尖塔を望む

鯉が泳ぐ池のほとりで天上のマリアに向かって一心に祈るシスター

ひざまずいて祈るシスターの拡大画像

隣家との敷地を隔てる鉄製開き戸の中央に十字架

教会敷地の一部に残る古い石塀

資料館の裏手はすぐ海。
漁港の日常風景を垣間見ることができる


11:25崎津天主堂を後にする。
さて残るは「天草コレジヨ館」見物で天草ともお別れだ

無料駐車場向かい店舗の庇にぶら下がる「くまモン

コレジヨ館に向かう道すがらで見つけた湾の中洲に建てられた建築物。
海産物の加工場だろうか

残念ながら天草コレジヨ館はリニューアル工事中で24日まで臨時休業。

しかたがないので牛深港に向けて走りだす