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吉川元春館跡にて

国道433号を走行中に見つけた「吉川元春館跡」の案内標識前にて

広島県山県郡北広島町海応寺

向こうに見えるのは「戦国の庭 歴史館」
トイレ休憩がてらちょっと付近を歩いてみることにする

【石版プレートより】

駿河国(静岡県)を本拠としていた吉川氏は、鎌倉時代の終わり頃に大朝本庄(北広島町大朝)に地頭として入り、室町時代には安芸国の北部を中心とする地域を治める国人領主に成長します。その後戦国時代には周防国大内氏出雲国の尼子氏との間に立たされましたが、毛利元就の次男である元春を当主として迎えることにより毛利体制に入ります。
吉川元春は弟の小早川隆景とともに毛利氏を補佐し、おもに山陰攻略に貢献します。
 1600年関ヶ原の戦い後、吉川氏は山口県岩国に移りますが、それまでの吉川氏に関わる遺跡が山県郡北広島町に分布しています。そのうち、駿河丸城跡、小倉山城跡、日山城跡、吉川元春館跡、松元屋敷跡、万徳院跡、洞仙寺跡、西禅寺跡、常仙寺跡の9遺跡が史跡吉川氏城館跡として国の史跡に指定されており、小倉山城跡、万徳院跡、吉川元春館跡の3遺跡は広く一般へ活用するために整備し、歴史公園として公開しています。

北広島町教育委員会

【石版プレートより】

史跡吉川氏城館跡 吉川元春館跡

毛利元就の次男である吉川元春が、1583(天正11)年頃、隠居所として建てた館跡です。本拠城である日山(ひのやま)城の西南麓、志路原川(しじはらがわ)に面した河岸段丘上に立地しています。館は石垣のある東側が正面で、北は切岸と土塁、南側が堀と土塁で区画された間口110m、奥行き80mの範囲です。

 館の西側には元春の菩提寺である海応寺跡や元春と元長の墓所、積み石塚がのこっており、このうち館とその周辺を発掘調査し、整備しています。

〈史跡 吉川元春館跡〉
指定年月日 昭和61年8月28日 
      平成9年9月2日追加指定
指定面積  44,984㎡

〈名勝 吉川元春館跡庭園〉
指定年月日 平成14年9月20日
指定面積  524㎡

東側の石垣

正面左手奥に復元された建物が見える

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