徘徊する魂   Traveling Alone ! 

四国と周辺地方をYBR125Kと徘徊中

高松付近〜阿波の土柱〜剣山木綿麻温泉その1

昨日から便秘気味で体調がすぐれなかったが、せっかくのいい天気なのでいつもよりやや遅めに自宅を出発。

高松市で昼食後、県道280号〜国道193号線(塩江街道)〜土柱見物〜県道106号で徳島県脇町に入り、吉野川を渡って国道192号線つるぎ町方面に進行。
国道438号線で剣山方面に走り、昨日の豪雨で水量の増えた鳴滝を見物した後、引き返して剣山木綿麻(ゆうま)温泉で夕方までくつろいだ。

県道12号線を川島方面に走ると左手にある洋食の店花櫚(カリン)でオムライスとサラダの昼食。10席ほどのカウンターのみの狭い店内は、1時を過ぎても常連客で一杯。
[食べログ]洋食の店 花櫚

県道280号線沿いにある竜満池と竜桜公園

池の中央に突き出した川東八幡神社御旅所の鳥居

中央奥が市立川東小学校、右手に見えるのは香川図書館。

龍満池説明看板より
寛永三年(1626)4月から7月の3ヶ月余り、讃岐は大干ばつであった。
翌四年、高松藩主生駒高俊は伊勢の国津藩から池造りの名人である土木家西島八兵衛を普請奉行として招き、この池を築造した。
弥兵衛は、ここに梅ヶ井出水という出水があったのでそれを水源とし、香東川の水系を考え岩崎橋の下の岩場の流水を堰き止めた世中井堰より世中水路を導水路とし貯水した。
その水は大野村、上井、下井、梅ヶ井の掛(かかり)の水田を潤した。
この池は大野池、北田井池、立満池などと呼ばれていたが、江戸末期、この地に龍満権之守という庄屋がいて、以来龍満池と言われるようになった。
明治初年に長さ150メートルの川東八幡宮のお旅所が池の中に設けられ、昭和四十九年には池の一部を埋め立て川東小学校、香川町役場(元香川支所)・農村環境改善センターが建設された。
平成七年阪神淡路大震災を契機に緊急ため池整備事業を実施し桶菅(口径800ミリメートル)を推進工法により埋設した。
えん堤・お旅所の桜並木は名所であり、「新さぬき百景」に指定されるなど龍桜公園として地域の人々に愛され親しまれている。

堤高 8.8メートル
堤長 520メートル
満水面積 14.50ヘクタール
貯水量 528.4千立方メートル

緊急ため池整備事業竣工記念碑