徘徊する魂   Traveling Alone ! 

四国と周辺地方をYBR125Kと徘徊中

出石寺付近その5

参道の石段を下り切った辺りの右手に見える案内看板

かなり汚れがひどいのでうっかりしていると見過ごしてしまう。

【案内看板より】

「片目地蔵さまのいわれ」

出石寺のお観音様は地中から生えるようにしてお姿をあらわされました。弘法大師さまがこの地に来られた時、思われる所あってこのお観音様を石で囲ってお隠しになり、それ以来五十年ごとにしか拝見できなくされたのです。(あかずの窟)
その五十年ごとのご開帳にはとうてい会えないと思われた江戸時代の住職だった秀厳さんは、(中興十世)ある時密かに片方の目でお観音様の生え抜けのお姿を拝まれたのでした。
五十年ごとのご縁日以外に本来のお姿を見ると、その、あまりの「おかげ」のありがたさゆえに目が見えなくなってしまうという言い伝え通り、お観音様を見た方の目は見えなくなってしまったのです。
のちに秀厳さんが亡くなられた時、(一六七四年)ご供養のためにお地蔵さまが作られました。目が一つになった秀厳さんのお地蔵さんは、「一眼地蔵」と呼ばれていましたが、人々の間ではおかげを頂いた目で、一つ願い事を叶えて下さる「一願地蔵」なのだと噂されるようになりました。今では「片目地蔵さん」「秀厳さん」と呼ばれていますが、願掛けをする方があとを絶たないのはそういうわけなのであります。

本尊御開帳二〇十七年
三十一世 諦典

岡山市 那須 輝峰 輝彰
二〇〇六年四月 吉日

看板のすぐ向こうに片目地蔵に続く脇道がある。

脇道の所々に屹立する杉の巨木を見上げる

のどかな春の陽射しが木々の間から射し込む道をのんびりと歩いていると石の基壇が見えてきた

手前二つの基壇はガラ空きだが一番奥はお地蔵様が密集している

お願い

近年、お地蔵様を奉納なさる方が増えて参道の周辺、甚だしい方は、お寺の先住様の墓地の中まで置く方があり、野放し状態で、其の取扱いに困って居ります。
そこでこの度、千体地蔵を発願し、参道の片側え祭壇を作り、皆様が安心して奉納出来る様、整備いたしました。
つきましては、今後奉納なさる方は、必ず寺の事務所まで御相談下さる様、お願い致します。

尚、今までに納められていた分は取敢ず一ヶ所に纏めさせて頂きました。
今後、勝手に置かれる事は固くお断り申し上げます。

平成元年七月

出石寺 山主

並んだ地蔵は水子供養のためらしい

すでに片目地蔵のお参りを済ませた年配の男女二人連れが話ながらこちらに向かってやってきた。
近隣の在住らしい二人からすれ違いざま漏れ聞こえてきた話によると、施主として地蔵の基壇に氏名を刻んでいる○○氏は、八幡浜市に本社を構える実業家であるが、副業として宇和町(現西予市宇和町)でラブホテルも経営していたようで水子地蔵を祀る基壇を寄付した動機にはその辺りのことも関係している云々。

基壇の中央最上段に建つお地蔵様

水子地蔵の基壇を通り過ぎるとすぐ左手に片目地蔵のものらしい小さな地蔵堂が見えてきた。

地蔵堂入口付近にもお地蔵様の一団が

片目地蔵を収納する地蔵堂
参拝者はなく聞こえるのは遠くで鳴く鳥の声のみ

そろそろ帰ります