福井県小浜市北塩屋界隈その1
村社「日吉神社」の石碑
この地に不案内だった頃、自宅に帰る目印だった大きな石灯籠が今や樹木と同化しかけていて、過ぎ去った歳月を実感させられる
この鳥居が見える場所に住んでいた30年ほど前は、神社の周辺は大半が農地で、自身の住居からもかなり遠くまで見渡すことができた。夏の夕立ちのときなどは、生まれ故郷とは比べ物にならないこの地方の雷鳴の大きさにすくみ上がったことを思い出す
ここでは楽しいことなどほとんどなかったはずなのに、不思議に郷愁を感じる
今回の来訪でこの場所が山王前という名なのを初めて知る
見覚えのない雨上がりの新興住宅地を歩いて半周したあとエンジンを始動した
EGO-WRAPPIN'『Wherever You May Be』
姫路から舞鶴~小浜へ
15日は朝8時に起床、ホテルの食堂でかなり軽めの朝食を終え、テラスからすぐ前を流れる夢前川と通勤ラッシュで混み合う夢前橋の橋上を眺める
9時過ぎに出発し国道2号線を姫路市内に向けて進行。
左手に見える姫路城を通過後まもなくの姫路天神前交差点を左折して国道312号線を北上する。市街地を抜けるまではかなり渋滞してうんざりするがその後はそこそこ快適に走れた。
途中から小雨に見舞われカッパ着用を余儀なくされたが12時半ちょうどに2泊目の宿、舞鶴市のシーサイドホテルパルコに到着。
チェックイン予定時刻は5時だがとりあえず荷物を預かって貰い、身軽になって小浜市に向け出発する。
月夜の国道2号線を走る
尾道から下道だけで一気に舞鶴まで走るのは不可能というわけではないがプラン的にはかなり無謀なので、中継地として姫路のホテルを予約した。
うまく行けば夕食休憩時間を含めても日付が変わるまでには到着できるはずだが、念の為チェックイン時間は深夜1時にした。
予定より早くなるのは問題ないが、遅れる場合に必要な電話連絡が面倒なので到着時間はいつも遅めに申告するようにしている。
尾道から姫路までは主に国道2号線を走ることになる。
市街地は信号が多く日没後でも渋滞するが、バイパス区間は夜遅くなるにつれ、周囲を走る大型トラックの巡航速度が高速道並みに速くなる。
流れに乗るためには最低でも時速80km前後で走る必要があるので、色々と注意が必要だ。さらに今夜の宿泊予定地であるチサンイン姫路夢前橋に辿り着く前には自動車専用道の太子竜野バイパスを迂回する必要がある。
今後のために尾道方面から太子竜野バイパスを迂回する目印を記しておく。
国道2号線を進行し揖保川を渡ったら右手に見えるニトリたつの店に続いてUCC兵庫工場を過ぎたらすぐの揖保中交差点を右折すれば自動車専用道をかわせる。
右折後は国道2号線と並行するように東進、県道437号と交わる交差点を左折し松原口信号交差点を右折、県道725号をそのまま進行すれば鵤(いかると読むのか)交差点から先は国道179号線となり自動車専用道への誤進入に煩わされることなくホテルサンシャイン青山 やチサンイン姫路夢前橋にたどり着くことができる。
素晴らしい月夜の下、ハイペースの大型トラック軍団に付き従って走った結果、22時54分に無事目的地のチサンイン姫路夢前橋に到着。
初日の走行距離は300kmをわずかに超えた程度だが、久しぶりの長距離走行なので予想通り尻が痛くなった。
自宅を出てから8時間以上走りっぱなしなので、チェックイン後すぐ部屋の風呂に入り焼酎一合ほど飲んで寝た。
朝まで眼が覚めることなく久々の熟睡。
取るものもとりあえず
7月頃から休日ごとに雨という天気ローテーションが続いて不貞腐れていたら、季節が秋に変わっていた。
この10月でわがYBR125Kは運用開始から10年目に入る。
相変わらずの貧乏暇なしで、3日半の休みを取るのも大変だったが、今年の秋ツアーは3泊4日の予定で舞鶴と福井嶺南地方を目指す。YBRは原付二種なので自動車専用道は利用できず下道のみをひたすら走ることになる。なかなかに大変なプランだが、ここ当分長距離を走ることがなかったので久しぶりに尻の皮が剥けるほど走ってやろうと決めた。
ホントは日程にあと1日と帰宅してからの休養日を追加したいところだが諸般の事情はそれを許してくれそうにない。
運悪く連日悪天候が続いて日程が消化困難になった場合か肉体疲労により動けなくなった時の非常用予備日として1日の休みを追加申請する腹積もりだ。
10月14日正午過ぎに万難を排して仕事を切り上げ、取るものもとりあえずバタバタと荷造りし今治市に向かって走り出す。16時30分ちょうどにしまなみ海道原付道入口に到着した。
夕方近くになり肌寒さを感じてきたので伯方橋の上で防寒対策
手すり越しに見附島キャンプ場を見下ろす
まもなく夕食調理とお楽しみの宴会が始まるのだろう。あと1時間ほどで日も暮れるが、こちらは夜道を今から8時間近く走ることになる