徘徊する魂   Traveling Alone ! 

四国と周辺地方をYBR125Kが徘徊中

来島にて その4

食事を済ませ、休憩所の建物を出てさっきと反対方向に向け歩いていく。

右手に見えるのは来島漁業協同組合の建物

食事をしながら話した人はここからやって来たのかもと思い室内をうかがうが、蛍光灯は点いているものの人影は見えない。

このあと4時間ほどの滞在時間中、まったく人に会うことはなかった。

漁協のすぐ隣の建物の前に、島で唯一の自販機が設置されている

自販機のある建物から数軒奥の建物のポスト。
今治市来島493」と手書きされている

さらに進むと左手に案内板がある

この時、来島城址の本丸跡まで登ってみたが、その後一旦下って東側の海岸で柱穴跡の見物を終えた頃に陽射しが出てきた。
晴天の時の本丸跡からの景観を見るのためもう一度登ったので、晴れと曇りの画像が混在している

矢印にしたがい所々崩れかけた石段を来島城址と心月庵めざして登っていく

心月庵の入口にほど近い場所から案内板のあった付近を見下ろす。
島に暮らす世帯は、各家庭の菜園で多種多様な野菜を栽培していた

心月庵の入り口

ここは来島城主の屋敷跡で、現在は心月庵と呼ばれている

残念ながら内部の様子はピンボケ画像しかない

経年劣化と台風被害により石段を始め色々なものが歪んでいる

こちらは二の丸跡にほど近い場所にある村上神社に続く石段

鳥居をくぐる

拝殿が見えてきた

拝殿に奉納された村上(北畠)師清(むらかみもろきよ)の画像。
能島村上家、因島村上家、来島村上家の祖とされている

同じく来島村上三郎越智通総(来島通総くるしまみちふさ)

同じく村上通康(むらかみみちやす)

同じく来島通之(くるしまみちゆき)

神社周辺には芸予地震と数年前の台風被害の痕跡が残る

数本が倒れかけたままの寄付者芳名石碑

立木にロープでくくり付けられている

こちらの石碑はまだ真新しい

村上神社は二の丸跡にほど近い場所に位置する。
八千矛神社と同じくこちらの本殿も四隅を鎖で固定されている

いよいよ本丸跡を目指し落ち葉を踏みしめて歩いていく


データベース『えひめの記憶』より伊予水軍の活躍