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加茂神社の八百比丘尼塔

1月末から休日の火曜に雨が続いたせいで久々の遠出になった。

高知県須崎市の県道315号沿いに見える加茂神社の鳥居

どうやらここに八百比丘尼の塔があるらしい

拝殿前にある鳥居の左手に石の塔が見える

言ってはなんだが香川県三豊市高瀬町にある八百比丘尼の塔に比べると何の変哲もない石塔でありさほどの経年も見受けられなかった。

【案内看板より】

人魚と八百比丘尼の塔の(伝説)

加茂神社の南東に当たるところに大坊という所がある。
此の地は大昔に漁人軒を並べた大繁栄の土地と言はれています。
ある日漁師の網に頭は人間体は魚の形をして奇妙なものがかかり、人々は大変驚き恐れて、近寄り見る人もなかりしが、日が立ち月が過ぎても腐らず年寄り子供たちもみるようになり此の話が広く世間に伝わり遠近一帯から見物人が後を絶たなかったと言はれています。
ある日漁師さんが幼い女の子を連れて行き見ていると、その幼女が這い寄ってその奇妙なものに這い上がり網を引き揚る時に傷づいた所を舐め、それを見た母親は大いに驚き急ぎ慌ててその子の体を洗い口を漱ぎ大騒動しましたがその子は何事もなく年頃を迎え漁師の家に嫁ぎ子孫益々繁盛して、年すでに八、九十歳を過ぎても若々しく百歳、二百歳に至りても美貌は変わらなかったがこの頃は既に子孫もしだいに遠縁の者となり知る人もなく彼の媼(おうな)は髪を剃り諸国を巡り回って若狭国に留まり爰(ここ)でも数百年が経過して享年既に八百歳となり、故国土佐へ帰りし時我が産土の宮(当時鴨大明神)に国土産にせんと石の塔を加茂大明神へ寄進なされたと伝えられます。これが八百比丘尼の塔なり。
因みにこの人魚を串さしにして食べた処が現在の串の浦の地名としてのこって居ります。
注。八百歳の尼さんが寄進されたものであるので八百比丘尼の塔と言はれるのではないでしょうか。
津野公之家臣久松三助清明所録陋巷淺説より
(一千七百二十年享保五年頃の著書)

案内看板に描かれた人魚
ここまで人間的なルックスの生物をいくらなんでも串刺しにして食べられるものだろうか

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