徘徊する魂   Traveling Alone ! 

四国と周辺地方をYBR125Kが徘徊中

田平天主堂

平戸島に渡る前にちょっと寄り道して田平方面に回る。
なだらかな丘陵地の先に目当ての教会が見えてきた

【案内看板より】

九州自然歩道 総合案内板 田平ルート
Kyushu Nature Trail Direction

九州自然歩道について

九州7県を一周する九州自然歩道は、四季を通じて、九州の豊かな自然と歴史・文化を巡ることができる歩道です。
 長崎県内のルートは、島原半島南端の口之津港から雲仙〜橘湾岸を通り、さらに長崎市内を通過し西彼杵半島を縦断、西海橋を通り佐賀県境の栗ノ木峠までのコースと、五島列島平戸島生月島北松浦半島を経て栗ノ木峠までのコースからなる延長約460km(幹線)の長距離自然歩道です。
 田平ルートは、幅が狭く潮流が速い平戸瀬戸に面した田平を通るコースで、開けた丘陵地の上に建つ赤煉瓦造りの田平天主堂からは平戸大橋が望め、写真や絵画の題材としてもよく用いられるなど風光明媚なルートです。

墓地横の駐車場にバイクを駐め、天主堂を目指して歩いていく

和式石碑の頂部に十字架がある独特な意匠の墓が並んでいる。花立てには色とりどりの美しい花が供えてあるが、すべて造花だった。

当然ながら霊標碑(戒名碑)には洗礼名が

田平教會瀬戸山墓地

田平教会納骨堂

【説明看板より】

ルルド

フランスのピレネー山脈のふもとの町ルルドの洞窟に聖母マリアが出現したのは、1858年2月11日でした。それ以後7月16日までの間に合計18回現れたといわれています。
 出現を受けたのは、14歳の少女ベルナデッタでした。聖母マリアは、ベルナデッタに人々の回心のために祈るように勧めました。
 また、聖母マリアが指差したところを掘ると、水がわき出て泉となり、その水が病気等を癒す奇跡を起こしたとして、世界中に知られ巡礼地となりました。年間200万人〜300万人が訪れています。
 田平教会も、信徒移住百周年(1986年)を迎えた記念として、1990年に洞窟を作り、聖母マリア像と聖ベルナデッタの像をおき、信心の場としました。

ルルドを通り過ぎ石段下から天主堂を見上げる

【碑文より】

建設由来

明治丗八年初代教会助任片岡高俊師敷地の整備を始め大正三年四月二代目中田藤吉師着任後本格的準備をすゝめた
その間敷地工事中二名の死者と数名の負傷者を出した。
大正五年春鉄川組が工事を擔当(たんとう)し一切の材料は信徒の奉仕により下の海岸からかつぎあげたものである。
大正七年の春大体の工事を了え同年(一九一八年)五月十四日時の長崎司教コンパス師により献堂式をあげた。
献堂式までに要した経費は大体二万圓であるがこの中には無名の佛人の寄附四千圓が投入されている。
又当時北松地方の主任司祭マタラ師の援助と特に工事責任者中田師の労苦を忘れてはならない。
ここに五十週年(←原文のまま)を迎えるに当り記念碑を建立して恩人諸師の遺徳と祖先の偉業を顕彰するものである。

 千九百六十八年五月十四日
   南田平教会信徒 
    柄本徳栄

聖堂建設五十周年記念碑

【案内看板より】

貝殻焼き場

 田平教会はレンガの目づめにコンクリートではなくアマカワ(石灰と赤土をまぜたもの)を用いている。
 中田神父はこのアマカワを用いる石灰を自分たちで作った。
 信者たちは各家庭で食べた貝の殻を持ち寄り更に平戸や生月島からも貝殻を集めてこの窯で焼いた。
 まず下にマキを敷きその上に貝殻を置き更にマキ貝殻と交互に置き火をつけると取りつけた煙突からモクモクと煙を吐いて燃えたという。
 その火は夜も絶えることなく交代で火の番をした。

【碑文より】

一九一五年十二月二十八日 教会祭壇附近の敷地造成工事中 突然大量の土塊がくずれ落ち大木勘次郎氏と浜口久衛門氏が犠牲となられた。
今年教会の献堂六〇周年を迎えるに当り教会建設の人柱となられた両氏の殉難をしのびここに顕彰碑を建立するものである。

 一九七八年十二月二十八日

トマ大木勘次郎 パウロ浜口久衛門 顕彰碑

本邦教会建築のヴァーチュオーゾである鉄川与助による煉瓦造りの集大成である。交互に色の違う煉瓦が積まれているのがわかる

ドーム型の鐘塔は八角

美しいステンドグラス

【案内看板より】

田平天主堂
 
種別    国指定重要文化財(建造物)
所在地   平戸市田平町小手田免
建設年代  1917年(大正6年)10月
構造形式  レンガ造および木造、建築面積459.9㎡

 田平天主堂は、平戸瀬戸を望む丘に建ち、海と空の景色にとけ込む優美な姿で知られます。設計及び施工は、長崎県内の数々の教会堂建築に携わった鉄川与助(1879〜1976)で、1915年(大正4年)12月着工、1917年10月に竣工し、1918年5月14日に献堂式が行われました。
 長崎県内のレンガ造教会堂としては最晩期の建築であり、外観・内観ともに完成された意匠を見ることができます。外観は、正面中央に八角形ドームの鐘塔を備え、外壁はレンガ造および木造で、レンガの色づかいや積み方に変化をつけることで多彩な表情を作り出しています。内部は、木質にペンキ塗りで仕上げられ、連続するアーチの高窓、椿の花の浮き彫り、部分に使われた金色などが華やかな内部空間を演出しています。 
 建設は、信徒の手作業によって行われました。レンガ・瓦・セメント・木材などの材料は船で運ばれ、石灰は持ち寄った貝を焼いたものです。敷地内には、この貝焼き場のほか、司祭館、正面門柱、煉瓦塀、石段や石垣、隣接の墓地などが良好に現存し、教会堂とともに優れた周辺の歴史的環境も高く評価されています。

アクセスカウンター