四方見展望台付近
四方見展望台から道路をはさんだ反対側にある駐車場に咲いた満開の桜
展望台に設置された双眼鏡
クルマもバイクもまばらなのが毎度のことながら嬉しい。
ウィークデーにツーリング出来る喜びを噛みしめながら
通行がまばらな道路をゆうゆうと渡る野良犬を眺める。
左手には多数の釣りイカダが浮かぶウチノ海が
アップにすると釣りイカダであることがわかる
県道183号線沿いにある成田山徳島分院光輪寺にて
【碑文より】
成田山光輪寺建立縁起
大正六年成田山不動尊行者大黒よしの尼は大本山道場に於いて参籠行(さんろうこう)を厳修して不動明王の御分霊を拝受し鳴門市池谷の地に一宇を建立したのが成田山光輪寺の発祥である
越えて昭和二十四年高野キミ尼はこれを継承して永年の難苦に耐え法灯を護持し続けて今日の基を築いた
昭和四十六年現住職高野照遍の両親たる高野キミ尼高野春元夫妻は大塚製薬に社長大塚正士氏を訪れ鳴門市池谷に本堂再建に就き支援方を懇請せしところ同氏は大篤信の亡父大塚武三郎氏の信仰を堅守し且つ大塚グループの県内社員五千名の交通災厄防止祈願のため本堂再建の賛助を惜まず大塚グループの全額寄進を快諾した
ただ池谷の地は必ずしも好適ならず鳴門国立公園内の景勝の地を得れば将来鳴門市の観光発展に大なる貢献あるべしとの見地より鳴門市長谷光次氏の精神的支援も仰ぎ鳴門市当局の始動を受け現在の聖地が選定された
折しも昭和四十八年不慮の第一次石油ショック惹起し本堂建立計画は大塚正士氏の裁定により一時延期となったが最初の企画に変更なく
株式会社大塚製薬工場 社長 大塚芳光
大塚製薬株式会社 社長 大塚明彦
大塚化学薬品株式会社 社長 大塚 公
大鵬薬品工業株式会社 社長 小林幸雄
大塚倉庫株式会社 社長 大塚雄二郎
以上の大塚グループ内の五社の全額寄進により大本山成田山の指導のもと株式会社亀井組(会長亀井知一氏)により工事は開始せられ昭和五十二年十一月十三日その完成を見て盛大なる落慶式を奉修し大本山より寺号を成田山光輪寺と命名された
当日は大本山成田山新勝寺貫主大僧正松田照応猊下を大導師と仰ぎ信徒の善男善女数百名が参集して大落慶法要が厳修された
越えて昭和五十三年本堂建立一周年を記念し大本山より分院の称号を賜わるの栄誉に浴し現在に至る
ここにその縁起を録して衆生済度人法繁盛の大道場となるを祈念するものである
昭和五十七年十月二十八年
成田山 風邪をひいたか 花だらけ