足の向くままに
2日連泊で見慣れたホテル周辺の景色もこれで見納め
10時少し前に「ホテルニュータナカ」をあとにする
足と気の向くまま走ったせいでどこをどう走ったのかよく覚えていない。
今日の最終目的地だけは雙津峡温泉に決まっているもののそれ以外はまったく白紙で地域の予備知識もない。
本来、この状態が自分にとって理想的な旅のスタイルで、以前はほぼ常にこんな感じだったのを思い出す
国道187号線沿いにぽつんとあるバス停で休憩
いつの間にか島根県に来ていたらしい
1日4便のみのバス時刻表
食事処はおろかコンビニさえまったく見かけなかったので偶然見つけたスーパーで弁当と飲み物を購入
「何時までに✕✕の場所に」は仕事だけで充分だと思うものの、日常のルーティーンはたった数日間の旅行中に抜けるものではない
明神池行きは断念
秋芳洞を後にして走り出してまもなく頭上に「萩市へ36km」の道路標識を見た途端、発作的に萩市椿東にある明神池に行きたくなった。
30kmちょいならそんなにかからないだろうと考え、県道32号~国道262号線を萩市方面に向かって進行するが、よく考えると標識の距離は市内中心部までの距離であり明神池は萩市の北の外れ辺りに位置するのでさらに倍近い距離が加わることを思い出した。
行くと決めたら鳥類魚類と池のほとりに巣食う猫共にふるまう大量の食パンを買うためスーパーにも寄る必要がある。
そういえば、前回行った時は、食パン6パックを上空の鳶と池の魚類と猫に提供した。
だらだらと考えを巡らしながら走っていたら国道右手に食事できそうなところが見えたのでとりあえず入ってみる
客が誰もいない店内に入って行くと、カウンター向こうの椅子に丸く座って井戸端会議の真っ最中だった4~5人のご婦人方がゆるゆると立ち上がり「いらっしゃいませ~」
手近の席に座って、なるべくすぐ出来そうなものをと、頭上に掲げられたメニューの中から「きつねうどん」を注文
意に反して提供されたのは15分後だった。
その間、今後の予定を思案していたが、買い物を済ませて現地に到着できるのは日暮れ前であると結論。時刻はすでに3時半、日が暮れてから行っても意味がないということで、明神池行きは断念することにした。
結局、ここから来た道を引き返し4時半過ぎにホテルに到着。
ゆっくり入浴を済ませて日の暮れかけた街に出る。
前夜眼を付けていたホテルからほど近い中華居酒屋に入り、まずは2人前の餃子で生ビール
山道をぶらぶら歩き
バイクを駐めた秋芳洞入口に向かって山道を歩く
天気がいいので気持ちがいい。
観光センターまであと1.7km
かなりベタだが頭の奥で「Here Comes The Sun」が
コロナ渦によりGW前に秋芳ロイヤルホテルが廃業し、付近のホテルは全滅したと思ったが
このユースホステルは営業しているのか
そういえば明日10月15日で愛車YBRが届いて丸10年。
恒例になった秋の連泊ツアーも今年で11回目になる。
その間、日程中に一度も雨が降らなかったのは今回を含めてたった2度のみ。
晴れのありがたさをかみしめつつ、ひたすら歩く
ようやく駐車場付近の景色が見えてきた
黒谷口から所要時間35分で「洞口荘」駐車場に到着。
駐車料金は秋芳洞入口に近い場所ほど高くなり、至近の場所は¥500。ただし真夏でもない限り¥100の場所でも疲労困憊するほど遠くはない
エンジンをかけて走りだした途端、昼食抜きなのを思い出した
秋芳洞にてその2
見物出来る観光コースは総延長のたった1割ほどだが、それでも全長は1kmにも及ぶ
入洞した途端、過去に見た各所の鍾乳洞とは比べ物にならないスケールに驚き、今に至るまで来なかったことを後悔
コロナ渦につき、平常時に比べればかなり見物客が少ない状況と思うが、それがかえって本来ここにあるべき恐怖を感じるほどの静寂を地下の大空間に現出させている
「鍾乳石が織りなす秋芳洞屈指の景観。
「百枚皿」と名付けられている
洞窟の幻術による夢想から現実に引き戻す緑色のライト
100枚以上撮影したが、どれもこれも実物のスケールと迫力には遠く及ばない
【案内看板より】
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止といたしましてエレベーターを使用停止とさせていただきます。
ご迷惑をおかけ致しますが、ご理解ご協力のほどよろしくお願い致します。
高さ15mを誇る「黄金柱」 未だ撮影技術の向上は見られず残念ながらピンぼけである
「黄金柱」の後を回り込んでしばらく歩くと「黒谷支道入口」へのトンネルが見えてきた
自然の屈曲を見慣れた眼にはトンネル内部の直線が異質さを感じさせる。洞内同様、天井といわず床といわずびっしょりと濡れている
申し訳ないが歩きながら撮影したのでこれもピンぼけ
「龍の抜穴」
異世界への旅路ももうじき終わる
名残惜しさのせいかふと天井を見上げてみたりする
黒谷口は秋芳洞の出口だったのか
「3億年のタイムトンネル」を上っていく
1970年代のSF映画を思い出した
こんなだまし絵もあったりして
人類の起源と発展が両壁面に展開されている
出口の黒谷口に到着
かるすとタクシー「黒谷口」停留所
出口付近の自販機で買った水を一気飲みして夢から醒める
そういえば忙しさのせいでここしばらく運動していないのを思い出す。今日はこのあと予定もないのでバイクを駐めた駐車場まで山道をぶらぶら歩いて帰ることにする
秋芳洞にてその1
秋芳洞入口に向かう道すがら、ほとんど人影はなく閑散としているように見えたが、歩を進めるつれ賑やかな声が聞えてきた
遠足なのか修学旅行なのか、そこかしこに小学生とおぼしき子供達がいる。秋芳洞見物を終え、食事処で昼食を済ませて集合までの自由時間を思い思いに過ごしているのだろう
【碑文より】
正平9年(1354)旱魃に苦しむ村人を救うため、秋芳洞で雨乞祈願をされた寿苑禅師と行を共にしたかっぱを禅師かっぱと呼び、大願成就の守り神として語り継がれて来ました。
秋芳洞入口に近づくにつれ、また人影が無くなってきた
【案内パネルより】
「秋吉台地下水系」が国際的に重要な湿地として、ラムサール条約に、ニ〇〇五年十一月に登録される。
地下水系としては、国内初の登録である。
地下水系は、秋芳洞を始めとする鍾乳洞を形成し、
洞内には、固有の洞窟性動物が生息している。
ラムサール条約とは
1971年イラン、ラムサールで開催された国際会議において動植物の生息地になる重要な湿地を国際的に保全し、活用することを目的に条約が採択された。
非接触の体温計で検温され、入洞料を支払ってさらに進む
【案内看板より】
秋吉台は、山口県のほぼ中央部にある日本を代表するカルスト台地であり、3億年も年月をかけて自然が造られました。この台地の地下には、雨水により石灰岩台地が侵食を受けて造られた鍾乳洞が、秋芳洞をはじめ約450もあります。地下水系は、平成17年11月ラムサール条約湿地に登録されました。
美祢市(みねし)は難読地名だと思う
岩の裂け目が見えてきた。
滝穴橋を渡っていよいよ秋芳洞に入る
入口からして今まで入った鍾乳洞とはスケールが違う
超有名な観光地なので細かい解説は割愛する
秋芳洞付近の廃ホテル
まったく予備知識のない状態で訪れたため、秋芳洞の入口を探していたら閑散とした黒谷口に来てしまった
辺りの様子が寂しすぎる気がして、もう少し付近を探索するべく黒谷口を後にする
うろうろしていたら秋芳洞正面入口付近にたどり着いた。1日1回100円の看板が眼に止まり、「洞口荘」前にバイクを駐車し、管理人のおじさんに料金を支払い秋芳洞正面入口に向って歩いていく
洞窟入口に向かう道すがら廃ホテルが眼についた
ホテル鬼笑亭跡
ホテル向かいの家の住人の訝しげな視線を気にしながら、1mほどの高さのブロック塀の上に上って玄関ロビー付近を撮影
歓迎看板が廃業時のままだ
かなりそそられる外観ではあるがもちろんここは今回の目的ではない。若干の未練を残しつつ「秋芳洞商店街」に向って歩を進める
秋吉台国定公園
秋吉台科学博物館前にて
【小澤儀明像の碑文より】
小澤儀明博士は秋吉台石灰岩のフズリナ化石と地殻変動の研究によって日本の地質学近代化の緒を開き秋吉台の学術的重要性を世界の学会に紹介しその功績により帝国学士院恩賜賞を受賞した
この石灰岩は於福台(西秋吉台)で採集されました。
岩石の表面にぶつぶつ見える米粒のようなものは全部フズリナ(原生動物)の化石です。フズリナは進化の過程で様々な形態を獲得していったため、その形態の特徴を調べることで生きていた時代を決めることができます(このような化石を示準化石といいます)。
このフズリナはパラフズリナという種類で、細長い紡錘型をしているのが大きな特徴です。この化石から、これらの石灰岩が二畳紀中期(約二億六千万年前)に海岸の砂浜のような場所で堆積し形成されたということがわかります。
秋吉台科学博物館の概要
Mine秋吉台ジオパークセンターKarstar(カルスター)と展望台が見える